仙台高等裁判所 平成8年(行コ)17号 判決 1998年7月02日
福島県原町市江井字堀内前五番地
控訴人
牛来正光
右訴訟代理人弁護士
安田純治
同
鵜川隆明
同
荒木貢
同
齋藤正俊
福島県相馬市中村字曲田九二番地二
被控訴人
相馬税務署長 森喬
右指定代理人
大塚隆治
同
粟野金順
同
小坂義博
同
高橋藤人
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が、それぞれ平成元年九月二二日付でした、控訴人の昭和六一年分の所得税の更正のうち総所得金額二一一万四四七六円を越える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、昭和六二年分の所得税の更正のうち総所得金額二六五万〇五二四円を越える部分及び同年分の過少申告加算税賦課決定(以上、いずれも異議決定により一部取消された後のもの。)、並びに、昭和六三年分の所得税の更正のうち総所得金額二四六万五八六五円を越える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定をいずれも取消す。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
第二事案の概要
次の補正部分以外は原判決の当該欄記載のとおりである。なお、当審における主張も以下の補正箇所に原審での主張と区別せずに併記する。
一 原判決一〇頁八行目の「被告は、」の次に「控訴人が被控訴人の質問検査権の行使を妨げている以上、」を加える。
二 同一四頁二行目の「ことから、」の次に、「質問権の行使は、その公益的必要性と被検査者の私的利益との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で、被検査者の理解と協力を得て行うべきものであることに照らし、」を加える。
三 同一五頁四行目の「欠いていた」を「欠いた探索的な調査であった」に改める。
四 同一六頁二行目の「これも」を「被調査者の調査だけでは課税標準等及び税額等の内容が把握できないことが明らかになった場合に限り、その限度で行うことができるもので、その行使も」に改める。
五 同九行目冒頭の「前記1」の前に「推計課税は、被検査者が税務署係官の質問検査権に基づく調査に協力せず、そのため被控訴人において被検査者の事業所得等の金額を計算することができない場合に行われるべきものであるところ、質問検査権に基づく調査の態様は、被検査者の私的利益との衡量において社会通念上相当と認められる範囲内で許容されるものであり、右検査権行使の態様が右の範囲を越える場合には、被検査者が私的利益を守るために、係官の右検査権行使の態様に応じそれに相応した態度を示したとしても、それが直ちに調査に対し非協力的態度であると即断することはできないものである。そして、」を加える。
六 同一七頁一〇行目の「であるから、」を「であるほか、被控訴人が選定した類似同業者の中に、他の業種との兼業者が入っている可能性があり、そのような兼業者の中には控訴人よりも必要経費の額や売上金額が高い者が含まれている可能性があるので、同業者抽出基準の合理性は疑わしく、そもそも、乙第七号証の二ないし四の作成にあたり、本件調査を担当した板垣調査官が自ら類似同業者の選定を行っており、第三者による中立的な選定ではなく、公平さを欠いているので、」に改める。
七 同一九頁七行目の末尾に次の主張を加える。
「しかも、右記のとおり控訴人は総請負のほか、現場請けや手間請けの仕事をしていたところ、総請負とこれら現場請けや手間請けとの比率について被控訴人から質問されておらず、また選定された類似同業者がどのような比率で総請負や現場請けないし手間請けの仕事をしているのかも不明であるので、本件推計の合理性の立証は尽くされていない。」
八 同二〇頁三行目の「したがって、」から同四行目末尾までを次のとおりに改める。
「しかも、憲法第三一条は刑事手続だけでなく行政処分にも適用されると解されているところ、法第一五五条二項が青色申告の更正決定について、国税通則法第八四条四項が異議決定書について、同法第一〇一条一項が裁決書について、憲法第三一条を承けてこれを確認する意味でそれぞれ理由附記を定めているのは重要な意義を有している。それなのに、本件各更正決定において、控訴人は告知、聴聞、弁解の機会を与えられなかったほか、理由附記もないのであるから、本件各更正決定は違法であり、取消を免れないものである。」
九 同四行目と五行目の間に行を変えて以下の主張を加え、同五行目の「5」を「6」に改める。
「5 実額反証
(一) 立証責任の所在
課税額の算定に当っては、収入については税務官庁に主張立証責任があり、必要経費等の消極的事実についても税務官庁に一応の主張立証責任があって、納税者は必要経費等の存在について主張立証責任があるにとどまる。この理は、税務官庁が推計課税をし、納税者がこれに対し実額を提出して争う場合でも変りはないというべきである。
もし、控訴人においてすべての収入金額がすべての取引先からのすべての収入金額であること及びその主張する経費の金額がその収入と対応することまでも証明しなければならないとするならば、被控訴人が控訴人の所得金額について推計課税をしたというだけで、主張立証責任を転換し、すべて控訴人に主張立証責任があるということになり、何らの法的根拠もないのに、推計課税に主張立証責任の転換という独自の強い法的効果を付与するもので、是認できるものではない。
(二) 立証の程度
推計課税も実額課税も課税標準を認定するための方法の差異に過ぎず、前者は課税標準あるいはそれを構成する要件事実を、直接の証拠ではなく、間接事実から確認する方法であり、事実認定の一方法にすぎないものである。したがって、控訴人が実額を立証するについては、一般の民事・行政訴訟の場合と同じく証拠の優越の程度に立証すれば十分というべきである。」
一〇 同三四頁八行目末尾に続けて以下の主張を加える。
「また、控訴人は、本件の類似同業者の選定につき、総請負と現場請けや手間請け等の比率についても不明であり、推計の合理性の立証は尽くされていない旨主張する。しかし、控訴人の個別的営業条件の如何は、平均値による推計自体を不合理ならしめるほどに顕著でない限り、右平均値の算出過程の裡に捨象される性質のものである。また、推計課税においては納税者の協力の程度如何により採用しうる推計方法が左右されるものであり、推計課税の合理性は、納税者がその個別的営業形態等につきどの程度の情報を課税庁に提供したかという協力の度合と相関的に判断されるべきものであるから、控訴人から調査協力を得られなかった本件においては、被控訴人が採用した推計方法には合理性がある。
さらに、乙第七号証の二ないし四の作成者について控訴人が主張しているのでこの点の説明をするに、板垣係官が類似同業者の選定に関与したのは原処分段階にすぎず、右課税報告書は谷川清隆が作成したものであることは、作成者欄に谷川清隆の自筆による署名と押印がなされており、板垣係官も右課税報告書は自分ではなく谷川清隆の作成であることを証言していることからも明らかである。」
一一 同三五頁四行目末尾に続けて以下の主張を加える。
「また、控訴人は、本件各更正決定がなされるに当り、告知、聴聞、弁解の機会も付与されていないので、この点においても本件更正決定は違法である旨主張するが、所得税法や国税通則法にかかる規定は存しないばかりか、そもそも、所得税の更正処分は、毎年大量に発生する納税者の確定申告につき、課税の公平を図るために、申告された課税標準又は税額等を更正するもので、新たに課税義務を課すものではないのであるから、かかる更正処分の性質と、毎年大量に発生する更正処分の適正かつ迅速な処理という要請からすると、更正処分を行うにあたり、常に告知、聴聞、弁解の機会を付与するというのは実際的でないばかりか不可能である。」
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、本訴請求をいずれも棄却すべきであると判断するが、その理由は、次の補正部分以外は、原判決の「第三 当裁判所の判断」欄の記載のとおりである。
二1 原判決四九頁八行目の「おらない」を「いない」と改め、同五〇頁九行目の「税務調査」の前に「理由も必要もない探索的な」を加える。
2 同五二頁九行目の「調査理由」から同一〇行目の「おらない」までを「調査理由及び必要性の個別的、具体的な告知は質問検査を行う上で、法律上一律の要件とされていない」に、同末行の「おらない」を「いない」にそれぞれ改める。
3 同五三頁初行の「被告係官が」から同四行目末尾までを「三品係官が控訴人に対し「所得金額の確認である」旨再三にわたり説明し、さらに板垣係官も右と同趣旨の説明に加えて、より具体的な調査理由を開示したのであるから、被控訴人係官らの調査理由の開示方法につき不相当な点は認められないと判断すべきである。」に改める。
4 同五六頁六行目の「しかしながら、」を「しかし、控訴人がかなりの値引きを強いられる状況にあると主張する点は、値引きは他の同業者にも等しく存すると推認されるところ、控訴人が主張する程度の値引きは本件推計を不合理とさせる程度に顕著なものとは認められず、また、」に、同面七行目と九行目の「おらない」を「いない」とそれぞれ改める。
5 同五七頁九行目の「不可能であるから、」を「不可能であり、さらに、被控訴人が選定した類似同業者の中に他の業種との兼業者が入っている可能性があるので、同業者の抽出基準の合理性に疑問があるから、」に改める。
6 同五八頁末行と同五九頁初行の間に行を改め次の説示を加える。
「なお、控訴人は乙第七号証の二ないし四につき、本件調査を担当した板垣係官が類似同業者の選定に関与しているとして、右報告書が公平でない旨主張するが、板垣係官が類似同業者の選定に原処分段階で関与していたとしても、右報告書は谷川清隆の作成であることは明らかであり、控訴人の主張は採用できない。」
7 同六〇頁九行目と同一〇行目の間に行を改め次の説示を加える。
「なお、控訴人は本件各更正決定につき、告知、聴聞、弁解の機会を付与されなかったのは、憲法第三一条の趣旨に照らし違法である旨主張するが、更正処分の性質が新たな納税義務を納税者に課すものではなく、しかも、大量の更正処分の適正かつ迅速な処理を要求される課税事務の実状を考慮すると、更正処分にあたり、告知、聴聞、弁解の機会の付与は不要であり、所得税法や国税通則法に規定のない右告知等を行わなかったとしても、右更正処分が違法となるものではない。」
8 同六三頁八行目の「おらなかった」を「いなかった」と改める。
9 同七二頁初行の「について」から二行目末尾までを「を認めることはできない。なお、控訴人は当審においても、必要経費について立証が尽くされている旨縷々主張するが、控訴人の右主張は原審におけるそれの繰返しに過ぎず、右必要経費についての原審の判断は相当として是認でき、控訴人の主張は採用の限りでない。」と改める。
三 よって、原判決は相当であるので、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 佐々木寅男 裁判官 橋本健)